教室のあゆみ






沿革

横浜市立大学整形外科学教室の歴史

1949 (昭和24 )

・横浜医科大学が開校。医専付属十全医院は横浜医科大学病院と改称。

・水町四郎先生が横浜医科大学教授に就任し、整形外科学教室を開講

1952 (昭和27 )

・横浜市立大学医学部が設立。

・水町教授が医学部整形外科初代教授に就任。

1954 年、横浜医科大学病院は横浜市立大学医学部病院と改称。

1956 (昭和31 )

・水町教授が第29 回日本整形外科学会総会会長を務める。

1957 (昭和32 )

・水町教授が横浜市立大学医学部病院院長を兼任。

1960 (昭和35 )

土屋弘吉先生が第2 代横浜市立大学医学部整形外科教授に就任。

1962 (昭和37 )

・水町教授と土屋教授が第11 回東日本臨床整形外科学会を主催。

・水町教授と土屋教授が神奈川整形災害外科医会を創設。

1969 (昭和44 )

・横浜市立大学医学部病院の新館が開院。

1970 (昭和45 )

・旧十全医院が取り壊され、跡地に第2 新館が建設される。

・土屋教授が横浜市立大学医学部病院院長を兼任。

1972 (昭和47 )

・土屋教授が第9 回日本リハビリテーション医学会会長を務める。

1976 (昭和51 )

・土屋教授が第11 回日本パラプレジア医学会会長を務める。

1977 (昭和52 )

・土屋教授が第4 回肩関節研究会会長を務める。

1979 (昭和54 )

整形外科学教室30 周年記念学術講演会を開催。

1981 (昭和56 )

・永田覚三先生が第15 回日本側彎症学会会長を務める。

・土屋教授が第54 回日本整形外科学会総会会長を務める。

腰野富久先生が第3 代整形外科学教室教授に就任。

1984 (昭和59 )

・山田勝久先生が横浜大洋ホエールズ(現横浜DeNA ベイスターズ)のチームドクターに就任。

1985 (昭和60 )

・亀下喜久男先生が第10 回日本足の外科学会会長を務める。

1987 (昭和62 )

・医学部基礎部門が金沢区福浦に移転。

・腰野教授が第14 回関東整形災害外科学会、第15 回整形外科バイオメカニクス研究会を主催。

1989 (平成元年)

・腰野教授が当教室としては初の国際学会となる第1 回西太平洋膝・スポーツ整形外科学会(WPOA)会長を務める。

1991 (平成3 )

・金沢区福浦に横浜市立大学医学部附属病院が開院。

・浦舟の附属病院は横浜市立大学医学部附属浦舟病院と改称。

・腰野教授が第11 回整形外科セラミックインプラント学会会長を務める。

1992(平成4 年)

・腰野教授が第20 回日本リウマチ・関節外科学会、第28 回日本膝関節研究会を主催。

1993(平成5 年)

・腰野教授が第29 回日本膝関節研究会会長を務める。

・高澤晴夫先生が中心となり、よこはまスポーツ整形外科フォーラムを発足、第1 回よこはまスポーツ整形外科フォーラム会長を務める。

1994(平成6 年)

・腰野教授が第7 回創外固定研究会、第6 回骨延長ワークショップ、第6 回理学診療医学会、第30 回日本膝関節研究会を主催。

1995(平成7 年)

・腰野教授が第1 回日本関節症研究会(後に日本関節病学会に統合)会長を務める。

1996(平成8 年)

・腰野教授が第7 回日本小児整形外科学会会長を務める。

・鈴木一太先生が第22 回日本骨折治療学会会長を務める。